子ども達が小学生の今、学校での出来事を色々教えてくれる。
その度に、自分が小学生だった頃の思い出がよみがえってきて、うああぁぁ(@_@)ってなってしまう。
私は小学校にあまりいい思い出がないのです。
学級崩壊していて、学校は大嫌いで、卒業の時は、もう二度と行かなくていいんだという事実に歓喜していました。
最近思い出したのは、読書カードのこと。
子ども達が読書した本の名前を記入していって、先生がコメントを書いてくれる読書通帳なるものを見せてもらって、自分が子どもの頃の読書カードを思い出した。
図書室で本を借りる時に使う貸出カードで、日付と借りる本のタイトルとか書いていくやつ。たくさん本を借りる子は借りた本のタイトルでびっしりになるけど、全然借りてない子はカードは真っ白。
読書の授業だけではそのカードを使い切ることはない。全然読まないサボっている子は、カードの表面止まりだし、普通の子で裏面の半分くらい。
よく読む子で、裏面の終わりかけくらいまで記入している。
でも私は本を読むことが大好きで、一人だけ裏面も使い切って二枚目に突入していた。
ある日先生が、このクラスで誰が一番本を読んでいるかって話をしだした。
私は休み時間の度に本を借りに行っていたので、業間休みに借りに行って昼休みに返却して、昼休みはまた別の本を借りて……って感じで、一日に二冊借りる時だってあったから、誰より本を読んでいると思っていた。

ところが先生がすごいと褒めたのは別の子だった。
裏面の終わりかけくらいまで記入していた子。
私と20冊くらいは差があったと思う。
私は二枚目の表面の途中だったから、二枚目だと認識されずに一枚目なら、全く読んでいないように見える読書カード……。
自分より読んでいない子が、このクラスの誰よりも本を読んでいる、もっと見習いましょうみたいに言われているのが悔しいし哀しかった。
でもそこで、先生、私が一番読んでます!って言える性格でもない。
今褒めてもらってる子はがっかりするんじゃないかとか、目立ちたがりだとか言われないかな?とか、色々考えてしまって言えない。
あの時言えなかったことが、今でも残ってるんだな。
今の自分に同じことが起こったら、適当に流せるのだろう。
まぁそういう日もあるし、別にそんなに重要なことじゃないしって。
人間関係次第では、冗談めかして私が一番です~って言えることもあるかもしれない。
でもあの頃は、読書は自分が頑張っていたことだったから、それを認めてもらえなかったことがショックだったんだよなぁ。
これに限らず、私は教師から存在を認識されにくいようだ。
先生からいじめられていたわけじゃないけど、発表の順番を飛ばされたり、後でやっておくと後回しにされ忘れられ放置されたり。
学校は理不尽に慣れる場所だった。
生徒も教師も、生徒である前に一人の人間で、教師である前に一人の人間。
だから差別も贔屓もいじめもするし、みんな仮面被ってうまいこと立ち回る。
その世界にうまく溶け込めなくて、私は浮いた存在だったから、居心地悪くて本当にしんどかった。
クラスの人気者は、勉強出来て運動も出来て、今で言う陽キャ陰キャと分け隔てなく付き合い、先生からも信頼があってうまいこと立ち回っていた。
私は大嫌いだったけど。。。
先生の見えないところでどれだけ悪いことやってても、その場その場をうまいこと立ち回ればみんな騙せて好かれてすごいですねと。私は大嫌いだったけど。
そーゆータイプの人が認識する陰キャってカテゴリーにすら分別されないスクールカースト底辺にいたので、やっぱり、私のような猫被る必要ない人間への扱いは適当で雑なんだよなぁ。
同窓会なんてもちろん行かないし、成人式も行きたくなかったけど仕方なく行ってきた。
小学校、中学校と地獄だったから、成人式終わった後に高校の友達とお茶しに行ったのがいい思い出。
色々思い出してきたけど、碌なことがない。
子ども達の読書通帳には分かりやすくハッキリと二枚目と書かれていて、これなら間違えようがないな、いいなって思いました。
子ども達には自分のような学校生活をおくってほしくない。
今のところ、二人とも大きなトラブルはないみたいだけど、たまに学校行きたくないって言う時もあるから、無事に卒業できますようにって思っている。
参観に行った時は二人とも楽しそうにしていたから、今のところは大丈夫かな。
そろそろ思春期が怖いな。
結婚していた頃、こういった思い出話を少しすれば、自業自得ってバッサリ切られたな。
基本的に、降りかかる災難は全て自己責任だって豪語するモラハラ夫だったから、私が学校生活で嫌な思いをしたことは全て自己責任とのことだった。
まぁ可哀想だとは思うけどねと、フォローなのか何なのかよく分からない発言つきだったけど。
それでも、
「俺はどんぐり子ちゃんみたいな子どもになってほしくない」
「ちゃんと育てないと」
って言われて、嫌な気持ちになるのも通常運転。
私のような人間になったらダメだって、普通言う?
言うんですよね。だって本当のことだろ?って。
私のような経験をさせたくないから、じゃあこんな風に子育てしていこうって話ではないんです。
子ども達が妻のような人間になったら俺が困るし子ども達も可哀想だ。
子ども達に悪影響だから、俺と子ども達に迷惑かけるなよって話なんです。
さっさとその性格なんとかすれば~~~って嫌みだよなぁ。
ふと昔を思い出して、嫌だったことにちょっと寄り添ってほしかっただけなのに。
そんなこと思うことがまず間違いで、慰めてもらおうという魂胆が醜いのだろう。
自己責任なんだから、過去の傷も全部一人で何とかするべきだし、妻の話なんて聞くだけ時間の無駄なんだから俺の時間を浪費させるなってね。
自分の愚痴は何時間でも付き合わすくせに、私の愚痴は五分だって愚痴を言うなってキレるんだ。
今日は天気がいい。
風が気持ちいい。
息子が弾いている軽やかなピアノの音色が耳に優しい。
インフルエンザの娘はまだ休んでいるけど、昨日よりはマシになったみたいだ。
いい日だな。
振り返れば地獄のような日々だったけど、今はちゃんと前を向けている。
鬱々した感情を書いてしまったけど、穏やかな午後でホッと一息して、幸せだなって思っています(*´ω`*)