モラハラ夫と離婚しました!シングルマザーどんぐり子の日常

モラハラ夫と離婚しました。新しい人生を歩んでいきたい。

息子が「パパと暮らしたい」って言い出している

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モラハラ夫との離婚は、私が子ども達を連れて家を出たことで動き出した。

モラハラ夫に別居の計画がバレないように水面下で準備をし、どうか無事に終わりますようにと祈るような気持ちで過ごしていた。

弁護士の先生への相談や、幼稚園の退園の手続き、様々な書類の準備。

息子が幼稚園に行っている間に幼い娘をベビーカーに乗せて、あちこち走り回った。

人見知りで内向的な自分のどこにそんなパワーがあったのだろう。

決行の日、無事に新幹線に乗り込むことが出来たとき、自分の人生が動き出した気がした。

息子には何の説明もせず、いきなりの別居。

モラハラ夫が仕事でいない隙に、こっそりと家を飛び出しての別居。

別居して、離婚調停が始まって、一年程して離婚が成立。

その間、息子は「パパに会いたい」って言うことがあった。

離婚の主な理由はモラハラ夫のモラハラ

子ども達への虐待。

殴る蹴るといった暴力はないけれど、言葉の暴力の他に、子ども達の前で私を無視したり私に暴言を吐いたり、「ママの言うことは聞かなくていいからね」って教えたり。

ママは価値のない人間って教えることは、子ども達への虐待だと思う。

おかげで息子に「お母さんのこと嫌い」って言われる日々を過ごしていました⇩

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私のことを「嫌い」と言わなきゃ、息子は安全に過ごすことが出来なかった。

息子の「お母さんのこと嫌い」って発言は、モラハラ夫と別居すれば治ると言われ、別居したら本当に治って、今は「お母さん大好き」って言ってくれる⇩

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でも息子は、モラハラ夫のことも「パパ大好き」って言う。

子ども達へは離婚のことは何も話していないまま。

パパがしてきたことを息子は覚えていないし、私も伝えていない。

だから、別居してからの「パパに会いたい」って言う息子の言葉に私は深く傷付いてしまうこともあった⇩

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モラハラは連鎖する。

モラハラ夫がモラハラ夫になったのは、そう育てられてきたから。

モラハラ夫の父親がモラハラ男だったから。

私はモラハラを子ども達へ連鎖させたくない。

息子にも娘にも、モラハラとは無縁の生活をしてほしい。

離婚出来たから、子ども達へ連鎖していない⇩

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今のところ、パパとは離れてくらしているけど、たまに会うという状態。

面会交流時は、一応モラハラはなりを潜めているよう。

だから子ども達にとっては、たまに会うパパは優しいパパで、誕生日もクリスマスもプレゼントを送ってくれるパパ。

モラハラ夫は離れて暮らしていても子ども達が「パパ大好き」って言うので気をよくしているみたい。

私が子ども達へモラハラのことを話さなければ、モラハラ夫が面会交流時に大人しくしていれば、多分普通の家族に見える。

今はそれでいいんじゃないかと思う。

子ども達がもっと成長して、自分の考えで判断出来るようになって、時期がきたら、必要だったら、その時に話していけばいいのかな。

幼い子供たちの心の成長に、親の離婚のごたごたなんて今は知らなくていいと思っている。我が家の場合は。

そして、息子。

娘は赤ちゃんだったので、パパと一緒に暮らした記憶がない。

面会交流をしていく中で、だんだんと段階を踏んで、パパの存在を認識していった。

「知らないおじちゃん!」

「おにいちゃんのパパ」

「私のパパ」

 

娘は一緒に暮らしていた時も「かわいくない」という理由でパパからは放置され、赤ちゃんだったので当時の記憶はない。(覚えてなくてよかったです)

だからパパがいないのが普通。

パパがいなくて当たり前だから「パパと暮らしたい」は言わない。

でも息子。

息子は、「かわいい」という理由でパパの機嫌がいい時は可愛がられてきた。

だからか、今も面会交流時にはパパに懐いている。

そして「パパと暮らしたい」って言う。

別居当初や離婚調停中、息子のこういった発言には本当に心を動かされた。

離婚の選択は間違いだった?

離婚は子ども達が可哀想?

私が間違っていた?

パパを庇うような発言をする息子にモヤモヤしたり、息子に好かれて調子に乗っているモラハラ夫へイライラしたり。

周囲の「離婚は子ども達が可哀想」って言葉にもイライラ。

でも時間の経過とともに、少しずつ落ち着いていく気持ち。

今は別居当初のような、息子の発言に頭を殴られたかのような衝撃はない。

子ども達へは心の中で「ごめんね」って思っている。

悪いと分かってはいるけれど、私も少しは図太くなっていかなきゃ、この先の人生いきていけない。

だから息子に言いました。

「よそはよそ!うちはうち!」

ごめんね息子。

たまの面会交流で許して。

息子も悲壮感たっぷりというよりは、「遊園地に行きたい!」みたいなノリと同じなので、私も明るく答えてしまった。

いつまでも繊細で慎重に過ごしていると、自分の神経がもたないんだなぁ。

少しずつ新しい自分になっていっているような気がします。